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金の歴史

日本の老舗大手百貨店・三越などでも展示販売会が開催されるなど、に対する注目が高まっています。
日本だけではなく世界でも高く評価されている金の歴史に目を向けてみると、金の魅力を再確認できます。

金の始まり

金の世界的な歴史は紀元前にさかのぼりますが、金が日本の歴史上に登場するのは紀元後になります。西暦57年、今の中国である漢の国から倭国(当時の日本)に「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおいん)」という王印が贈られます。この漢委奴国王印は金でできた王印でした。

つまり日本史において初めて登場する金は、中国から日本に贈られた王印だったのです。現在、漢委奴国王印は文化財保護法に基づき、国宝に指定されています。

発見・採掘される金

漢委奴国王印が贈られた後も、日本は金を輸入のみに頼っていました。しかし749年、現在の宮城県涌谷町付近にて金が発見されます。

この発見は「続日本記」という書物に記されており、日本の大地で初めて確認された金と言えます。発見された金は、東大寺の大仏に使用されました。

金の発見により、日本各地では次々と採掘が始まります。12世紀頃東北地方を統治していた奥州藤原氏は多くの金山によって経済力を高め、繁栄を築きました。この頃、奥州富士藤原氏初代清衛は、中尊寺の金色堂を建立します。

そして1601年、3人の山師が佐渡に金山を開山します。この金山こそが、日本最大の金鉱であった佐渡金山です。1603年には佐渡奉行所が置かれるようになり、小判の製造も行われるようになりました。江戸幕府の財政はもちろんの事、戦のない平和な江戸時代を根幹から支えたのが、佐渡金山を含めた活発な採掘活動が行われた全国各地の金山・鉱山なのです。

日本の金の今

1869年には西洋技術者を招いて機械化・近代化を図り、1896年には三菱合資会社に払い下げられてさらに拡大発展を遂げた佐渡金山ですが、次第に金が枯渇し始めます。そして、1989年には金だけでなく、銀も枯渇した事によって、400年近くに及んだ歴史に幕を閉じます。

その前後にも日本では、佐渡金山だけでなく続々と各地の金山・鉱山が閉山し、現在では商業規模で操業を行っている国内の金属鉱山は、鹿児島県にある菱刈鉱山ただ1つです。しかし近年、日本の金の輸出量は年々増加傾向にあります。

その背景にあるのが「都市鉱山」です。都市鉱山とは、都市においてゴミとして廃棄された家電製品などの中にある、有用資源を鉱山に見立てた概念の事です。すなわち日本の金は今、新たな局面を迎えていると言えます。

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